「おかえり。」の一杯。
皆さま、こんにちは☺️
オンラインスタッフのケコです。
お盆が近づくと、京都駅は大きな荷物を抱えた人たちで賑わい始めます。
キャリーケースを引く人。
紙袋いっぱいのお土産を抱えた人。
小さな子どもの手を引いて、少し急ぎ足で改札へ向かう家族。
「帰る人」が増えるこの季節ならではの風景です。
中村藤吉本店のある宇治でも、どこか街の空気が少し変わるように感じます。
普段は静かな住宅街から子どもたちの笑い声が聞こえてきたり、久しぶりに家族で歩く姿を見かけたり。
一年のうち、ほんの数日だけ流れる、少し特別な時間です。
お盆は、ご先祖様をお迎えする行事として受け継がれてきました。
もちろん大切なこと。
それだけではないように私は思います。
久しぶりに家族が帰ってくる。
友人が地元に帰ってくる。
故郷へ帰る人がいる。
そして迎える人がいる。
お盆は、「帰る季節」であると同時に、「迎える季節」。
そんな時、食卓には自然と急須が置かれ、
「お茶でも飲もうか。」
たった一言ですが、この言葉には不思議な力があります。
湯を沸かし、急須へ茶葉を入れ、お茶を淹れる。
そのほんの少しの時間に、
「暑かったね。」
「渋滞、大丈夫だった?」
「元気にしてた?」
そんな何気ない会話が始まります。
もし、お茶ではなく冷たい飲み物を冷蔵庫から取り出して渡すだけなら、この時間は生まれなかったかもしれません。
急須でお茶を淹れる時間には、人を待つ時間があり、人を想う時間があります。
だからこそ、日本では昔からお客様を迎える時にも、家族が帰ってきた時にも、お茶を淹れてきたのでしょう。
お茶は、喉を潤すためだけのものではなく、
人と人との間に流れる時間を、ほんの少しゆっくりにしてくれるものなのだと思います。
忙しい毎日を過ごしていると、「おかえり」と言葉にする機会も少なくなりました。
けれど、お盆にはそんな言葉を交わす場面が、いつもより少し増える気がします。
その隣には、湯気の立つ湯呑みがある。
それは昔から変わらない、日本の夏の風景なのかもしれません。
私たちは毎日、お茶を扱っていますが、
お茶の価値は、香りや味わいだけでは語れません。
誰かを迎える時間。
誰かを想う時間。
同じ湯呑みを囲んで、何気ない話に笑い合う時間。
そんな記憶とともに、お茶は日本の暮らしの中にあり続けてきました。
今年のお盆も、大切な方が帰ってこられたら。
あるいは、ご自身が帰る立場だったなら。
「おかえり。」
その一言とともに、お茶を淹れてみませんか。
きっとその湯気は、お茶の香りだけでなく、人と過ごす時間まで、やさしく包み込んでくれると思います。

