お茶との暮らし
三室戸寺あじさい園
みなさまこんにちは。 オンラインスタッフみどぱです。 ジメジメとした梅雨の季節☔️ おでかけを躊躇しがちな梅雨ですが、この時期ならではの、宇治・三室戸寺の『あじさい園』をご紹介します。 6月は三室戸寺で『紫陽花(あじさい)』を楽しむ 6月といえば紫陽花の季節。 昔、祖父母の家の庭にも大きな紫陽花が咲いていたのを思い出します😌 しかし、三室戸寺の『あじさい園』は庭先の規模とは全く違います…! 約5,000坪の広大な庭園、「与楽苑」内で、約2万株の紫陽花が背の高い杉の木の根元を覆い尽くす、圧巻の景観。 西洋アジサイや柏葉アジサイなど、約50種類もの紫陽花を一度に見ることができ、紫陽花特有の淡いブルーからビビットなピンクが一面に広がります。 撮影をしながら、肉眼でも楽しむのに大忙し。 また、幻の紫陽花とも言われる、「七段花(しちだんか)」という種類も見ることができます。 七段花(しちだんか)は花の尖った「がく片」が重なって星形に見えますね。 (ちなみに、紫陽花の花弁のような部分は「がく片」で、花弁は中心の小さな部分です。) そして、三室戸寺で毎年話題なのが、ハートの紫陽花。 たくさんの紫陽花の中に、ハート型に見える花を見つけることができました。...
茶に惚れてはならない。
茶に惚れてはならない。荒茶の仕入れや品質鑑定をし始めたころ、そう教わりました。 素人同然だった手前、当然何を言っているのかさっぱりわからずに、専門用語としては茶と惚れるが言葉として結びつかないし、もちろん惚れるという感覚なんて全く、カケラさえなく。これは美味しいな、この香りは広がりがいいな、 こういう感じのお茶は苦手だな。 使い勝手がいいな、綺麗な見た目だな、安く買えてお得だったな。 いろいろな失敗もしながら、月日が経ち、徐々に経験値を積んでいくことができました。 そんな日々の、ある日。 期せずして、そのお茶は目の前にやってきたのです。 それはもう圧倒的な存在感で。 異質なオーラを放ち。今までの経験の全てを嘲笑うように、「お前は何も知らない」と言っていました。 美味しいとか、好きだなとか、綺麗だとか。そんな表現の全てを遠い彼方に消し去るほど、その味と香りに「鷲掴みに」されていました。 こんなお茶がこの世に存在するのか、、、と唸りながら。 そして気づけば教えられた禁を破り、”茶に惚れて”しまった自分がいました。あぁ、あの時言っていたことはこれか。これが惚れるだったのか。 なぜ禁じられたのか、ようやくわかったのです。 例えばそれは、お客さまが求められるであろう「茶」を考えなくなってしまうから。 例えばそれは、価格を無視して、使えるかどうかもわからない「茶」を仕入れてしまうから。(往々にして”惚れて”しまうようなお茶は高い) 例えばそれは、自分が惚れた「茶」を、人に押し付けようとし過ぎるから。 自分勝手になることへの戒め。そのための ”茶に惚れるな” でした。 あれから少し時は流れて。 その禁は、、、あまり?ほとんど?むしろ全くと言わざる得ないほど、守られていません(笑)なぜなら惚れるほどのお茶は滅多になく、作り手の理想やこんなお茶にしたいという強い意志を、お茶を通じて感じられる方が、結果的に人の役により立てると思うから。作らずにはいられない人たちが作ったお茶が、存在し続ける未来に美しさを感じるから。...
リニューアルした『マルトベイク』
多くのみなさまにご愛顧いただいておりました、『抹茶・ほうじ茶フィナンシェ』。 この度、一段と美味しくなって 『マルトベイク』にリニューアルいたしました😊🎊 どのように変わったのか、みなさまに少しだけご紹介。 生まれ変わった“お茶の焼き菓子” 『まると』は当店の屋号、 『ベイク』は焼き上げた、を合わせて 「中村藤吉本店の焼菓子」という意味です。 今まで、抹茶やほうじ茶、季節ごとのフィナンシェも、 高い評価をいただいていました。 しかし、「もっと美味しくできる」という気持ちから 時間をかけて改良を重ねました。 テーマは「時間が経っても美味しい」こと。 当社フィナンシェのしっとり生地はお茶風味を活かすけれど、時間が経つと、べたっとになる... べたっとすると、口の中でモタつき、お茶の味が感じにくくなりました。 ...
若鮎と「ととのう」
みなさまこんにちは。みどぱです。 今回、本店スタッフにオススメのお茶をインタビュー! 本店スタッフにきく “初めての中村藤吉本店で、一つお茶を買うなら” 宇治の本店、お茶売り場のスタッフKさんに 「初めての中村藤吉本店で、ひとつお茶を買うなら?」とオススメを聞いてみました。 スタッフKさん:私のオススメは「くきほうじ茶」です。 なんといっても香りが印象的。 香ばしい香りとすっきりとした後味、ほんの少し後味に甘味を感じます。 家で家族とゆっくり過ごす時に飲んでいただきたいですね。 みどぱ:Kさんが“ほうじ茶”で思い出に残っていることなどはありますか? スタッフKさん:香りや味はずーっと記憶に残っているもので、ほうじ茶の香りといえば思い出すのが、通っていた小学校。 学校に「お茶飲み場」があり、蛇口から ほうじ茶や京番茶が出てくる水道がありました。 今考えるとありがたいのですが… 小学生にはかなり熱めの温度でした。 ...
宇治の大幣神事
みなさまこんにちは。 オンラインスタッフみどぱです。 本店のある宇治では年間でさまざまな行事がありますが、 6月8日は大幣神事(たいへいしんじ)の日。 その様子をご紹介します。 6月8日は大幣神事 宇治の縣(あがた)神社による「大幣神事」という厄祓いの神事が行われる、6月8日の午前。 昨年の2022年にはコロナの影響もあり、3年ぶりに行われました。 こちらは本店の前を通る、傘のついた大きな大幣の様子です。 装束に身を包んだ行列が、大幣を担ぎ、縣神社から 縣通り、宇治橋通り、本町通りの順で宇治の町を厄払いのため巡っていきます。 久しぶりに本店では、店頭で大幣を担ぐ力者の方々にグリーンティーを振る舞わさせていただきました。 6月とはいえ、日差しも強く、みなさん美味しそうに飲まれていますね。 大幣神事の特徴は、お祭りの過程で神器である大幣を壊して宇治川に投げ捨ててしまう事。 大幣には厄を集める効果があるとされているため、厄払いの意味が込められているのですね。 宇治のまちがこれからも栄えていきますように。 大幣神事について...
あがた祭り
みなさまこんにちは(*´∀`*) 子供の頃から毎年6月になるとワクワクするケコです。 近畿地方は2013年以来10年ぶりの5月の梅雨りとのニュースを見て、ソワソワ。 なぜかと言いますと、6月5日は、宇治のあがた祭りがあるからです✨ 5日深夜から6日未明にかけて、梵天(ぼんてん)渡御と呼ばれる儀式があり、この神輿が通過する間は、 明かりを落として、迎えるため「暗闇の奇祭」と呼ばれています。 子供の頃は深夜のお祭りと聞いてもいけないので、 とっても楽しみにしていたのが、たくさんの屋台✨ 5日のお昼頃から、夜まで歩行者天国となり、本店前の商店街通りと、裏の道をぐるっと1周。時間帯にもよりますが1周するのに1時間以上します。 ここ最近はコロナ禍の影響もあって、なかったのですが、今年は4年ぶりに屋台が並びました✨ 4年ぶりの景色と賑わいに 屋台への目移りがとまらないケコでした(*´∀`*)🍧
父の日はいっしょにアイス
みなさまこんにちは。 オンラインスタッフみどぱです。 もうすぐ6月18日、父の日ですね。 母の日に比べ、私にとっては毎年悩ましい「父の日」。 というのも、母は好みがなんとなく分かるのですが、 こだわりが強い父には 自分で選びたいかな?と思ったり…贈り物に困ってしまうのです(^_^;) 近くに居れば、一緒に食事へと誘いたいところですが…。 そんなお父さんにと思いついたのが、アイスクリームとお茶のセット! 「夏はお風呂上がりに欠かさずアイスを食べる父に お茶の味わいたっぷりの抹茶とほうじ茶のアイスクリームを贈りたい。」 そして、新たに冷凍商品とお茶を一緒に送れるようになったということで、お茶にこだわったスイーツを送ることにしました🎁 オンラインストア限定『チチノヒギフト』 中身は、 ・抹茶アイスクリーム×3 ・ほうじ茶アイスクリーム×3 ・濃いめのチョコレート抹茶×1 ・濃いめのチョコレートほうじ茶×1 ・水出し中村茶ティーバッグ×1...
地球の反対側からやってきた、聞いたこともないリズム
平等院店の入り口に、ティンガティンガアートと呼ばれる、1960年ごろタンザニアの首都ダルエスサラーム郊外で誕生した絵画スタイルで描かれた作品があります。 描いたのはYusuph Michael Lehemu(ユスフ・マイケル・レヘム)。 タンザニア連合共和国マサシ州ンブユニ村に生まれ、ティンガティンガアート創始者であり、叔父でもあるエドワード・S・ティンガティンガ氏の教えを継ぐアーティスト。 「Keep Nature, Life Simple」と題されたその絵は、 平等院店から見た宇治川や当店に残る茶摘みの絵ハガキなどに加え、 さまざまなタンザニアの自然の借景が交わり合う、アフリカンで日本茶で宇治でもあるハッピーな作品です。 もともとは全く違うアートを設置する予定をしていました。 それも素晴らしい作品ではあったものの、なぜここにその作品があるのか、必然性をどうしても説明しきれずに悩んでいたところに、 レヘムさんとの出会いの機会をいただきました。 日本のお茶は、日本人が日本人の味覚や価値観の中で磨きあげ、現在に至ります。 その繊細な香味や色彩、淹れ方の所作は、まさに日本人の審美性と日本の自然からでしか生まれないな、惚れ惚れとしてしまいます。 茶のある生活が物質的であることだけでなく、 まるで自分たちのアイデンティティを思い起こす存在であるような。 そんな存在であるお茶だからこそ、日本人である私たちの目”以外”から見える日本茶は、どのように見えるかに強く惹かれていました。 そこは緑が緑に見えない世界。 飲み物が飲み物ではない世界。かもしれない。...

